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管理研の活動
2026年08月06日 (Thu)
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2010年09月04日 (Sat)
軽く呑みながら、暇つぶしにブログ書いてみます。
呑みながらブログ書く人間は一人しかいないので名乗らないで
書き続けます。

もうじきゼミ合宿です。
色々あり、中々スケジュールも決まらなかったですが、
まあそれなりに決まり、楽しみであります。

個人的にはゼミ合宿後に色々と勉強せねばならぬことが
沢山あり、やるべきことも沢山あるのでゼミ合宿で
リフレッシュできればいいなと思っています。

ちょいとやることがあるのでここら辺で失礼致します。
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2009年10月14日 (Wed)
お久しぶりです。

前回更新から長い間がたちましたが、ようやく、

ゼミ合宿レポート最終日編を書きます!!

昨日は修士生がゼミであり、もう、精神的に追い込まれていましたが、

今日は午後1時まで眠り、3時過ぎに学校に来て、

ようやくパソコンを開いた、

修士2年のオスが引き続き報告致します。

余談ですが、今朝の読売新聞にてこぼちゃんについに兄弟ができました!

なんてこったい、おめでてー!!!!!

というか結構時間が進んでたりするのね。

朝(昼)から衝撃的でした。

タラちゃんに弟ができるのか!?

のび太にはどうか!?

はたまたキテレツには!?

さて、余談が過ぎたので本題を・・・

最終日は、松江城からの始まりました!



どうだ!

城が好きな4年のTと、Nと修士のYとJは、城に上り、

写真を撮っている間に、他の人たちは、その城下町の面影を残す、

塩見縄手地区に行きました。もちろん、団体行動ですのであとから

合流。

塩見縄手地区とは、

初代出雲藩主堀尾吉晴が1607年(慶長12年)から1611年にかけて松江城築城の際に、城地の亀田山と北側の赤山の中間にあった宇賀山を堀削して、内堀とそれに並行する道路および侍屋敷を造成してできた城下町の通りです。

城下町では、縄のようにひとすじにのびた道路のことを「縄手」といい、この塩見縄手には、二百石から六百石程度の中級武士の家中屋敷がならんでいました。なかでもこの武家屋敷に一時住んでいた塩見小兵衛が、のちに異例の栄進をしたため、それをたたえてこの通りを塩見縄手とよぶようになりました。この塩見縄手地区は昭和48年に松江市伝統美観保存地区に指定され、さらに昭和62年には建設省「日本の道100選」に選ばれています。

*http://www.matsue-tourism.or.jp/buke/shiomi.htmより!



おーそうかそうか。

江戸時代にはもう舗装された道だったんだな。

人力車が通りやすそうだ!!

ということで、自分的には期待していた感じではなかったのですが、

確かに、道路沿いの建物はとても良い感じではありました。

そして、

重要・・・伝統・・・いや、えっと正式名称忘れましたが、

とにかく、守るべき、重要な木を見ました。

それがこれです!




ででーん!

これも、なぜこれかって話ですが、とにかく、守らないといけません。

そしていよいよ、鳥取県に向かいます!

場所は・・・妖怪のまち、境港!!



そう、境港は鬼太郎のまち!!

まちのあちらこちらにマンガに出てくる妖怪の銅像がある、

水木しげるロードが有名!

まちおこしのために始めたそうですが、すごい徹底ぶりだと思います。



街灯や・・・・



タクシーまで!

鬼太郎一色!

これでトイレの紙が一反木綿とかだったらすごい。

公務員は取りあえず、下駄を履き、

サラリーマンは猫背、メガネが基本であれば、よりすごい。

道行くおばあちゃんが砂をかけてきたらもう言うことなし。

若者ではやっている髪型が片目で前髪で隠すなら、無敵。

俺の親父は目玉で、茶碗で風呂に入る、という奴がいたら、

病気です。

とにかく、水木しげるロードはなんか楽しい。

妖怪がいっぱいいるんだもんよ。



萌え!

鬼太郎やねずみ小僧、他マニアックな妖怪達もいますが、

それは是非見に行って下さい!!

写真は敢えて載せません。

面倒だからではございません!

思ったんだが、千葉県浦安市とかは、

ディズニーロード。

湘南とかは、

スラムダンクロード。

とかやったらすごいだろうなー。

先日作者がお亡くなりになったけれど、

春日部しんちゃんロードとか。

なんでも道にすりゃいいってもんじゃないけど、

日本のそういうマンガやアニメの文化を、

まちづくりに活かしていくのは、とっても魅力的だと思う。

さて、そんなことも考えつつ、旅の最終地点、境港で昼食。



市場の方に教えて頂いたお勧めのお店で頂いたこのどんぶりは、

最高!!!

旅の良いしめになりました。

そして旅は終り、帰路に就いたのでした。

3日間、充実して過ごせてのではないでしょうか。

取り仕切ってくれたゼミ合宿係の他2名の方々、

協力してくれた先生方、みんなに感謝。

来年は僕はいけませんが、どうか充実したゼミ合宿になりますように。

卒業して、3月くらいにまたみんなで遊びに行けたら良いですね!



さようなら!







2009年09月15日 (Tue)

どうも!

また懲りずにゼミ合宿レポートを書く修士2年のオスです。

こんなんやってると、

おや、本業は学業じゃなかったのかと言われそうですが、

こちらも大事な仕事です、と割り切るとこにしました。

さて、2日目は石見銀山~玉造温泉への旅。

口のにんにく臭いT君他4名は全て柳井先生の車になるという、

奇跡のくじ引きを経て、石見銀山にむかいます。



こちらは、向かう途中に寄った道の駅。

なんて素敵なロケーション。

秋田先生曰く、道の駅はその土地の特産品があるから、

是非立ち寄るべき、とのこと。

むむ、確かに!

しかし、私は海に夢中で中には入りませんでした。

さて、石見銀山に到着です。



この昔ながらのまちなみ・・・素敵です。

京都とも違う、鎌倉とも違う、松戸市とももちろん違う、

なんかこう、哀愁っていったらあれだけど、

なんつうか、

素敵だなって。

そこを自転車で滑走。

滑らかな上り坂。



気持ちが良いなー。

しかし、

先生たちは、後にわかることですが、このときすでに、

体力的な限界を超えかかったようです。

適度に運動、やはりこれが大事です。

そして、昔銀山を掘っていたという穴に。



小さい!

江戸時代の人はみんな背が低かったのかな?

でも中には、めっさ大男がいて、

「おい、頭上注意しろよ」

「わかってるよ、こんな当たるわけないじゃん」

とかいう、お馴染みのダチョウ倶楽部のようなフリで、

頭をぶつけていたりしたんだろうな。

しかし、よくもまー、こんな狭いところでよくやったと思う。

暗い、寒い、狭い、低い、怖い・・・。

結構過酷。

石見銀山がなぜ世界遺産になったのか。

それは、T君いわく、周辺の樹林を大事にしていたからです。

そういえば、昔銀山だった割に森林が生きている。

これは、間違いなく、現在で言う、

ISO認定銀山に違いない。

素敵なまちなみも残っています。

そうだ、石見銀山にいこう。

そういえば、穴の中は暗いし、もし変なものが映っていたら、

大変問題になりかねないので写真は載せません!!

面倒くさいからではありません!!

その後、自由行動。

僕とたぬーとじゃんさんの、修士3人組は、

道の途中のごま豆腐が目にとまり、入店。




さて、これが我らが修士3人組。

真ん中のたぬーが手に持っているごま豆腐みたいのが、

私、オスです。

とにかく、めっさうまい!!!!

あの渡哲也もお取り寄せしているという。

二夜連続!

たぬーと僕は、家に3つほど届けてもらいました。

さて、昼食を各自とりまして、

温泉津温泉に向かいます。




ここも、ほんとに古い温泉街。

温泉街としては初めて、重伝建に選定されました。

詳しくは、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A9%E6%B3%89%E6%B4%A5%E6%B8%A9%E6%B3%89

を参考に!

山庭とかもあり、落ち着いた、良いところです。



さて、宿泊先の玉造温泉に向かいます。

宍道湖の夕日を眺めつつ、

道路がちょうど良いところで写真を撮りつつ、

向かいます。




夕日はきれいです。

さて、玉造温泉!!

ここは、神の湯と言われ、出雲風土記という、

えらい古い日本の伝記にも記述があります。

一度はいれば肌すべすべ!

二度はいれば病全快!

みたいなことです。

サイヤ人とかが回復のために入る、カプセルみたいなもんですね。

中々素敵な宿に泊まり、夕食を済ませまして、

温泉街へ!!




ちょうどイベントをやっており、まちは祭り気分。

若い人が頑張って企画している感じで、

みんなまちが好きなんだなーと、幸せな気分になりました。




そしてこちらが、足湯。

温泉街に活気を取り戻すため、街区再生のため、

事業の一環で作られました。

足湯とは、あったかい温泉に足だけつかり、

あー気持ち良い、と言いつつ、

まったり回想にふけるためにあります。(適当)

この後、露店で当てた黒ひげ危機一髪を部屋でやり、

飲み、暴露話をし、寝ました。

そういえば、温泉はほんとに気持ち良かった!

入ったら肌がすべすべ!

入浴後の牛乳は最高でした。

二日目のレポートはこれにて終了。

三日目はまた気の向いたときに・・・。


オス





2009年09月07日 (Mon)
お久しぶりです!!

8月もなんだかあっという間に終わり、9月。

8月末より、我が研究室はゼミ合宿にいってきました!

島根県、出雲の国へ。

研究室のメンバーをいくつかの班に分け、

各自島根県についてテーマに沿って勉強し、

ゼミ合宿に臨みます。

そう、忘れてはならないのが、

これはゼミ合宿なのであって、

旅行ではないのです。

あくまで、ゼミ活動の一貫であり、

島根に遊びにいくのでなく、学びにいくのです。

これを、混合してはいけないのです。

さー出発、一日目は、島根県は木綿街道、

出雲大社、築地松景観の見学だ!!!

まず木綿街道。



木綿街道とは、一言で言えば、

運よく残った昔の、綿を運ぶ道である。

お殿様も通ります。

なんだ、勉強した割に説明が少ないではないか、

という意見もあるかもしれないが、

結局百聞は一見にしかずであり、

そもそも、事細かに説明する義務はないのです。

さて、ここは自分的はリトルベネチアとニックネームを付けたい。



ほら、ベネチア!



上のような小道が、町中にあり、

川に続いています。

かつて、松江城から殿様が、

宍道湖を通り、木綿街道で休憩をし、

出雲大社にいってたのだそうです。

ほう、そうかそうか。

そしてここには、昔ながらのお店も多い。

最初に説明を聞いた方が、

「ここの店の人は商売魂がないから」

的なことを言っていたが、本当だった。

売る気はないが、喋る気あります、

なんなら買って下さい、みたいな感じ。

ここで醤油アイスクリーム、生姜糖を食べた。

これがまた、美味しい!!!

思わず買い物タイム。

本当に美味しかったなー生姜糖もアイスも。

なんだか学びにいったという割に食べてばっかりな気もするが、

その土地を知るにはその土地の特産物を食うこと、

これは大事なことである。

要するに、その土地の人々の血肉になっているのもを知ることは、

その土地を知ることであり、そこらのグルメ旅行と、

同列に扱ってはいけない。




そうそう、忘れてましたが、この通りの建物には上のような、

海鼠壁といわれる特殊な模様になっています。

詳しいこは省きます。

現地にいって確認してみてね!

プリッとしていて、女の子には評判が良いようです。

さて、歴史にならってか、ならわずか、

次は出雲大社です。

まずは昼飯です。出雲そば!



出雲そばとは、

出雲そばは一目で見て分かるとおり、麺が色黒だ。この色は、玄そば(そばの殻つき)の挽きぐるみのそば粉を使うことによる。そば粉は殻をとったそばの実を、中心から外側に向かって製粉する。場所によって一番から四番粉に分類される。そばの実の中心に近いほど色は白く、どの場所の粉を使うかで色や香りや触感が変わってくる。出雲そばでは粉の選別をしない。しかも、玄そばのまま製粉(挽きぐるみ)をする。そばの外側の黒い部分には、タンパク質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素をはじめ、旨みを作る成分が豊富に含まれている。麺が色黒でこしがあり、極めて香りが高く、栄養価にも優れている点が、出雲そばの特徴だ。

おわかりの通り、ネットより引用しております。

http://www.city.matsue.shimane.jp/kankou/izumo_soba/を参考。

また、このネットのタイトルが

「知られざる出雲そば」

とは、なんとも。

出雲そばは、上のように「割子そば」という形で食します。

写真は三色割子。

だしをかけて頂きます。



うまい!

さて、出雲大社です。




さすが、神々が集まる場所、って感じです。

なんかこう、荘厳な・・・雰囲気のあるような・・・

松竹梅みたいな。



神様は例年、8月には互いにメーリスを回し、

じゃあ、今年は高速を使おう、などとルートを決め、

全国から10月に集まります。

何を話し合っているのか、気になります。

お題①:最近こまった人間のお願い事

  ②:人間は何回一生のお願いをしてくるのか

はたまた、新入りの歓迎会を行っているのか。

とにもかくにも、10月には神様が出雲大社に集うのだ。

さて、出雲大社は縁結びも有名。

神様が集うのに、縁結びとは、

神様もなかなかお好きだなぁ。

ってことは、お題は、

③こんなカップルは縁結びしてあげない

だろうな、やはり。

んで、この縄にお金を投げ、刺されば縁結びが叶うのです。



ですが、投げるたびに誰かがさしたコインが落ちる。

このコインはおそらくお題③でそういう結論に至ったのでしょう。

さて、次は日御碕。

ここは、えっと、国立公園です。

断崖絶壁をめぐる!!!



さて、次は、築地松景観を見に行った。

おや、日御碕はそれだけか、という意見のあなた様。

そもそも、私はブログを書くことが本業ではなく、

学生だから勉強せねばならないのに、

12時くらいに来てまだブログを書いているのであり、

ってかもう、飽きてきたのです。

築地松景観とは、



このように、昔は水害と風害を防ぐために作られ、

もとは社寺林のような、鎮守の森的なものから始まり、

次第に生命力の強いクロマツが選ばれるようになり、

築地松の最近の流行りはクロマツである。

しかし、まーこんな様子でまちに転々とこのような景色を見ることができ、

その様子といったら素敵である。

昔ながら、素晴らしい。

ちなみに、詳しくは、

出雲地方の屋敷の主に西側と北側に植えられ、一定の高さに整然と刈り込まれた黒松の屋敷林を「築地松」と呼んでいます。築地松と水田の織りなす散居集落の景観は、出雲地方独特の農村景観であり、全国に誇れる貴重な財産といえます。

だそうだ。
http://eco.town.hikawa.shimane.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=HKOPD1Page0000&f=1&p=&o=159::1163::1463&r=635
より。


上の写真のように見事に上が並行に刈られている。

誰がよんだか、これを「スネオヘアー」と呼ぶ。

この刈り方をするのは、築地松刈りの職人、

陰手刈り職人(のうてごり)

だ。

はしごで屋根より高いクロマツの頂上を刈る!!!

すごいぞ職人!

しかし最近は、職人不足で、しかも松くい虫の被害で、

築地松もなくなりつつある。

地元の人も頑張って対策を立てているが、どうなるだろうか。

こういった貴重な日本の風景がなくなってしまうのは悲しい。

職人により作り上げられたこうした景観は、

保存がそれだけ難しい。

職人技は、今や日本の宝。

これに限らず、職人がつたえてきた日本の文化は、

もっと国をあげて大事にしてもらいたい。

大量生産のものや町ばっかりじゃ、味気ない。

さてさて、一日目はこれにて終了。

ホテルに戻り、

論文の進捗状況の報告、

夕ごはん、

夜の松江城見学、

衆院選の自民党の大敗を確認し、

眠りについたのである。

そして、夕食時に、にんにく揚げを食べた4名は、

口臭のケアに余念がなかった。

しかし、いっぱい食べたT君は、

翌日の朝、柳井准教授に臭いと一蹴されたのだ。

にんにく恐るべし。

そういえば、築地松に向かう途中、

限界集落みたいなとこを通過した。



ただ、とっても良い雰囲気であった。

しかしきっと、この街並みも、いつまでもつのか。

高齢化が進み、跡継ぎがいないと、維持は困難だ。

しかし、限界っていい方が良くない。

「昔ながらなすっごく良い雰囲気な町なのに、

もしかしたらなくなっちゃうかもしれない集落」

とかね。

限界とかいうと、もう廃れているみたいな、

時すでに遅し、みたいな気になっちゃうじゃないか!

さて、本日はこの一日目のことについて書きました。

次回はいつになるかわかりませんが、

二日目、三日目をアップします。

何せ、色んなところに行きすぎて、

もう、時間がかかって仕方ないのです。




















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